研究紹介


1.キク科植物の繁栄の秘密をキクイモから学ぶ
 キク科植物は全世界に約1500属2万3千種が分布しているとされ,ラン科(約2万種)と並んで最も種数の多い被子植物である。また,生物にとっては過酷とも思われる様々な環境に適応して,他の植物が分布できない場所にまで進出しており,またしばしば大群落を作る。さらに,極めて成長力が旺盛であり,大型化する種も多い。
 このように,種数的にはラン科と同程度であっても,その個体数やバイオマスは抜きん出て大きく,風媒花植物の進化の頂点とも言えるイネ科植物と並んで,地球上で最も成功している植物群と言えよう。
 さて,当研究室でメインの研究材料としているキクイモは,キク科の多くの種に共通するすぐれた生命力・成長力を具現する身近な植物であり,本学構内でも逞しく自生している。その繁殖様式は主に塊茎による栄養繁殖であるが,種子繁殖の典型であるヒマワリとは同じ属の近縁種であり,同様に大型化する。また,道ばたや空き地に大規模な群落を形成する植物でもある。さらに乾燥ストレスや塩ストレスにも強く,乾燥や塩害によって地上部が枯れても,根元から逞しく再生する驚異の生命力を有する植物である。
 当研究室では,キクイモのこのような優れた成長力に潜む生理機構を,分子レベルで明らかにすることを主要な研究課題としてきた。特に成長や環境ストレスへの応答には,植物を取り巻く環境との相互作用が重要であるので,そのための最も直接的な場である細胞膜に注目し,その中でも中心的な役割を担っているプロトンポンプ(H+-ATPアーゼ)を主要な研究ターゲットとしてきた。この酵素は,ATPの加水分解エネルギーを利用して,細胞内から細胞外(細胞壁)へプロトン(H+)を輸送する細胞膜の一次能動輸送体であり,それによって形成される細胞膜を挟んでのプロトンの電気化学的勾配が,細胞内外への養分の二次能動輸送にエネルギーを与える。まさに,細胞膜輸送の動力源として機能する必須遺伝子産物であり,動物のナトリウムポンプ(Na+/K+-ATPアーゼ)と相同の機能を有する膜酵素である。また,環境ストレスへの応答にも重要な役割を担っているとされており,その欠損は植物にとっては死を意味する。そのために,どの植物でも10種類前後のアイソフォーム遺伝子が存在し,しかもほとんどすべてが発現していると言われている。
 当研究室では,この細胞膜プロトンポンプを,酵素化学的・タンパク質化学的にキクイモの成長生理学的機能の面から特徴付けようとしてきた。その過程で二種類の主要に発現するアイソフォームの存在を検出したが,そのうちの一種は,キクイモとその近縁の植物に特異的なものであることを示す結果を得ており,キクイモの成長力の鍵を握るものとの期待を抱いている。さらに現在,北海道大学大学院地球環境科学研究院奥山研究室の協力を得て,遺伝子及び遺伝子発現レベルでも研究中である。
(写真はキクイモと近縁のイヌキクイモ)


2.真冬の海での成長の秘密を海苔から学ぶ
 海苔は私たち日本人にとっては身近な食材としてお馴染みである。水産資源としても重要であり,多くの海域で養殖されている。しかし,海洋汚染に弱く,しばしば「色落ち」と呼ばれている品質低下に見舞われ,養殖上の大きな問題になっている。
 さて,以前は海苔といえば和名アサクサノリを指しており,また,今日でも養殖海苔はこのアサクサノリであると思っている人がほとんである。しかし,実際には,近縁のスサビノリが養殖海苔の実体であり,成長が早く味も良いということで,瞬く間にアサクサノリに取って代わった。おかげで今や,天然のアサクサノリは絶滅危惧種に指定されている。
 もともとスサビノリは,Porphyra yezoensis(蝦夷のアマノリ)という学名が示すとおり,寒い地域の荒波が押し寄せる海岸の岩場に自生する海藻であり,しかもその成長期は真冬である。北海道では「岩海苔」あるいは「寒海苔」として自然のものを採集し販売しており,冬場の漁師にとっての大事な収入源になっている。従って,成長生理学的には,比較的温暖な有明海等の内海には自然界では適応出来ないはずであり,それが環境悪化に弱い生理学的原因であると思われる。
 当研究室では,北海道大学大学院水産科学院の嵯峨研究室との共同研究として,このスサビノリの養分吸収の分子機構についても研究している。そのねらいは,「色落ち」の原因を養分吸収との関係において解明することである。その研究過程において,スサビノリにおける細胞膜一次能動輸送体は,植物や菌類等の細胞壁を持つ生物に共通して見られるプロトンポンプではなく,動物と同じナトリウムポンプであることを見出し,世界に先駆けてその遺伝子のクローニングに成功し遺伝子バンクに登録した(しかし,論文では後塵を拝してしまった)。だかしかし,このナトリウムポンプが存在するのは,スサビノリの夏場の世代である糸状の胞子体(貝殻に穿孔して成長していく)であり,食用になる世代である冬に成長する葉状の配偶体には,ほとんど存在しないことが分かった。
 ここで一つ大きな問題があることに気がついた。真冬の北海道の海は,たとえ海水温は零度を下回らないとはいえ,潮間帯のやや上部に生育するスサビノリにとっては,マイナス10度以下の気温にも曝される過酷な寒冷環境である。そのような環境に耐えるどころか,活発な成長を示す。大部分の動植物では考えられないことである。当研究室では,そのような極度な寒冷環境下での成長の鍵を,細胞膜一次輸送体が握っていると考え,その同定を目指して研究している。
(写真はスサビノリの乾燥標本)


3.多様な植物の分布の秘密を探る
 当研究室がある函館校は函館市の中心街近くに位置し,ほとんど自然が残っていない環境にある。しかし,決して広くはない人工的環境の本学キャンパスにも,100種類を遙かに超える維管束植物が生育している。また,自然が残っている函館山には約600種類,またその反対側の扇の弧に相当する亀田山地側には,少なくとも700種類以上の維管束植物が生育しているとされる。このような多様な植物分布は,どのようにしてもたらされたのであろうか?
 これには,植物側のしたたかな環境適応戦略機構があると考えられる。当研究室では,北海道大学大学院地球環境科学研究院の露崎研究室との共同研究として,噴火後の更地から植生回復が進行中の渡島駒ヶ岳において,植生動態調査を行ってきた。特に,植生回復における菌根共生(植物の根における菌類との共生)の役割と,本来的には自生していなかったカラマツの侵入及び分布拡大機構に注目し,調査・研究を継続してきた。まだ,調査は部分的な成果しかもたらしてはいないが,火山という貧栄養で過酷な環境下における菌根共生が,多様な植物の定着と分布拡大に必須の役割を担っていることが,クローズアップされてきた。また,同様に,駒ヶ岳以外の道南の多様な環境における菌根共生の調査から,どのような環境においても菌根共生は普遍的であり,植物の分布拡大戦略には欠くことの出来ないものであることを示唆する結果を得ている。
 一方,道南は,北海道の中にあって特異的な植生を示す地域であり,ブナとともに北上しつつある多くの冷温帯性の植物の分布の北限となっている。同時に,南下してきた亜寒帯性植物の分布の南限でもある。特に当研究室では,本州北部から北上してきたと思われる道南を北限とする木本植物に注目し,その北海道への進入ルートと分布拡大ルートを探る調査・研究を行っている。これによって,植物分布の拡大の歴史的過程を再現することが出来ることを期待している。尚,この調査・研究にあたっては,北海道大学総合博物館の高橋教授の協力を得ている。
(写真は渡島駒ヶ岳。北限の植物は「季節のトピックス」参照)


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