生物の多様性を理解する上では、その認識方法に関する知識の習得に加えて多様性を体感することは重要なアプロー チです。本実習では、大学構内における陸産無脊椎動物の採集およびそれらの標本を用いた簡単な同定とデータ整理を通じて、動物の分類体系の基礎と表計算ソフトウェアによる初歩的なデータ整理の手法を学習します。これらの基礎的知識の習得は、地域的な動物相の把握・生物どうしの相互関係・生物と環境との関 係といった、より発展的な内容への展開につながります。
本実習には以下のような特色があります。
1)特殊な設備や器材を必要とせず、また、都市部においても実施可能な内容であること。
2)採集、スケッチ、データ整理、情報機器の使用を伴う総合的な内容であること。
本実習は各120分の2回より構成され、以下の内容で進行します。
1-1)導入〜五界説、動物の分類体系、学名の取り扱い
この際、有輪動物門Cycliophora(Funch & Kristensen, 1995)やカカトアルキ目Mantophasmatodea(節足動物門昆虫綱;Klass et al., 2002)などの近年発見された高次分類群および最新の学術誌(例えば日本動物学会英文誌Zoological Scienceなど)に掲載された新種の記載状況を写真や論文と共に示すことにより、受講学生の興味を引きつけることができるかもしれません。さらに、学名の重要性と種概念および和名の位置づけに関して解説します。
モネラ界 Monera |
原生生物界 Protoctista |
菌界 Fungi |
動物界 Animalia |
植物界 Plantae |
Placozoa:板形動物門 | Kinorhyncha:動吻動物門 | Pentastomida:舌形動物門 |
Rhombozoa:菱形動物門 | Nematoda:線形動物門 | Onychophora:有爪動物門 |
Orthonectida:直泳動物門 | Nematomorpha:類線形動物門 | Tardigrada:緩歩動物門 |
Porifera:海綿動物門 | Acanthocephala:鉤頭動物門 | Arthropoda:節足動物門 |
Cnidaria:刺胞動物門 | Priapulida:鰓曳動物門 | Phoronida:箒虫動物門 |
Ctenophora:有櫛動物門 | Loricifera:胴甲動物門(1983年) | Brachiopoda:腕足動物門 |
Platyhelminthes:扁形動物門 ※プラナリア、コウガイビルなど |
Cycliophora:有輪動物門(1995年) | Bryozoa:苔虫動物門 |
Gnathostomulida:顎口動物門 | Mollusca:軟体動物門 ※カタツムリ類、ナメクジ類など |
Chaetognatha:毛顎動物門 |
Nemertea:紐形動物門 | Annelida:環形動物門 ※ミミズ、ヒルなど |
Echinodermata:棘皮動物門 |
Kamptozoa:曲形動物門 | Pogonophora:有鬚動物門 | Hemichordata:半索動物門 |
Rotifera:輪形動物門 | Echiura:ユムシ動物門 | Chordata:脊索動物門 |
Gastrotricha:腹毛動物門 | Sipuncula:星口動物門 |
1-2)大学構内における生物の採集
班をつくり、大学構内で1時間程度自由に生物を採集します。この時、生物には有毒あるいは攻撃的なものもいるので直接手で触らないよう指示するとともに、 割り箸と軍手を各人に、70%エタノール入りのサンプル瓶(ポリスチレン製)を班に貸与します。採集した生物はサンプル瓶に直接入れて固定します。また、可能な限り多くの種類・個体 数を採集するように指示します。
採集される生物としては、扁形動物門(プラナリア、コウガイビルなど)・軟体動物門(カタツムリ、ナメクジなど)・環形動物門(ミミズなど)・節足動物門(昆虫やクモなど多数)に属するものが期待できます。よほどの都市部ではない限り、これらのうち後者の3門に属する生物は採集できるはずです。また、実習の前に予備調査を行い、採集前に生息場所に関するヒントを与える必要があるかもしれません。
1-3)観察およびスケッチ
採集した生物から節足動物門に属するものを1種選び、実体顕微鏡下で観察しスケッチします(倍率や部位を変えた 2カット程度)。この時、生物の分類学的位置を書き込むように指示します(界から綱までは必須とします)。また、複数の種を対象として特定の部位(触角や脚など) の比較を行うのも良いかもしれません。観察が終わったら生物をサンプル瓶に戻し、次回まで保管しておきます。
第2回:レジメ、配付資料1、配付資料2(MS Word文書)
2-1)ソーティングとカウント
班ごとに前回採集した生物の標本を資料に基づいて動物の門レベルまで同定し、分け(ソーティング)、個体数を数えます(カウント)。節足動物門に属する生物については、さらに綱レベルでのソーティングおよびカウントを行います。節足動物門ではクモ綱(クモ、ダニ、ザトウムシなど)・甲殻綱(ワラジムシ、ダンゴムシなど)・ヤスデ綱・ムカデ綱・昆虫綱などに属する生物が採集されていることが期待できます。自分の班で採集した標本に加えて別の1班が採集したものについても同様の作業を行い、結果のすりあわせをします。
三葉虫綱 Trilobita* | ヤスデ綱(倍脚類) Diplopoda |
カブトガニ綱(剣尾類) Xiphosura | エダヒゲムシ綱(ヤスデモドキ類、少脚類) Pauropoda |
ウミサソリ綱 Eurypteria* | ムカデ綱(唇脚類) Chilopoda ※ムカデ、ゲジなど |
クモ綱(蛛形類)Arachnida ※クモ、ダニ、ザトウムシなど |
コムカデ綱(結合類、祖形類) Symphyla |
ウミグモ綱 Pycnogonida | 昆虫綱 Insecta |
甲殻綱 Crustacea ※ワラジムシ、ダンゴムシなど |
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2-2)Microsoft
Excelによるデータの整理
ソーティングおよびカウントした結果を持ってPCルームに移動します。Microsoft Excelを用いて、結果を表および図としてまとめます。Excelへの入力に際しては、四則演算および関数を積極的に活用するようにします。各自に下図のようなファイルを作成するように指示し、プリントアウトしたものの提出を求めます。
教育評価
本実習には様々な作業と課題が盛り込まれているため、以下の3項目に基づいた総合的な教育評価が可能です。
1)学生の意欲:一般的な生物の平易な採集において可能な限り多くの種類・個体数を採集するという目標を設定することにより、採集結果に基づいて客観的に評価することができる。
2)知識の習得:ソーティングやカウントが正確に為されているか、また、資料と講義内容に基づく知識がスケッチに反映されているかどうかに基づいて客観的に評価することができる。
3)技術の習得:スケッチの正確さおよびコンピュータを用いて作成した図表の完成度を通じて、到達度を客観的に評価することができる。
引用文献
Funch P. & Kristensen R. M. (1995) Cycliophora is a new phylum with affinities to Entoprocta and Ectoprocta. Nature 378: 711-714.
Klass K. D., Zompro O., Kristensen N. P. & Adis J. (2002) Mantophasmatodea: a new insect order with extant members in the Afrotropics. Science 296: 1456-1459.
その他有用な文献資料
生物の基本的な分類体系、動物界の各門の特徴
「五つの王国―図説・生物界ガイド」/リン・マルグリス、カーリーン・V. シュヴァルツ著、川島誠一郎、根平邦人訳.日経サイエンス社、東京.1987年.
陸産小型無脊椎動物の同定(土壌動物用のものを転用)
「生物観察実験ハンドブック(新装版)」/今堀宏三・山極隆・山田卓三編.朝倉書店、東京.2005年.
実体顕微鏡の取り扱い方
「教養生物学実験」/教養生物学実験編集委員会編.共立出版株式会社、東京.1984年.
制作者:藤山直之