トップ * 研 究 * 講 義 * その他

ホームズは英語の先生

 英国の推理作家 Sir Arthur Conan Doyle(1859-1930)が書いた「シャーロック・ホームズ」ものの推理小説は、たいへん人気があり、きわめて多くのファンがいます。私もその一人です。人気の理由はもちろん探偵ホームズのユニークさにあるのでしょうが、英語学習者にとっては、比較的読みやすい英語で書かれていることも親しみやすい理由です。

 ここでは、推理小説の英文を素材にして、英文法や英文解釈の上で興味深いと思われる題材を取り上げてみます。特に面白そうなテーマに関しては、コーパスを使った語法調査を行い、その結果についても簡単に報告してみます。

 ホームズ作品は英語でも日本語でもたくさん出版されています。ここでは、Wordsworth社のSherlock Holmes: The Complete Stories(1989)を使っています。また、英文の下に添えた日本語訳は私の拙訳です。

 ドイルのホームズ作品はすでに版権が切れており、テキストはProject Gutenbergから入手できます。また、Libri Voxから、朗読ファイルを入手することができます。いずれも無料です。私の開発したSwinglishという英語学習ツールを使うと、朗読を聞きながらテキストを読み進め、わからない単語を辞書引きと単語練習帳の作成などができます。


A STUDY IN SCARLET


1. Mr Sherlock Holmes


(1) 'If we don't get on it will be easy to part company', I answered. 'It seems to me, Stamford,' I added, looking hard at my companion, 'that you have some reason for washing your hands of the matter. Is this fellow's temper so formidable, or what is it? Don't be mealy-mouthed about it.' (p. 15)

 「うまく折り合えなければ交わりを絶つのは簡単だろうよ」とわたしは答えた。「スタンフォード君、どうも君は」とわたしは続けた。「この問題から手を洗いたいらしいね。その男の気性はそんなに手ごわいのかい、それとも何かあるのかい? 当たり障りのない言い方は止めてくれよ」

ここは、ワトソン博士が旧友のスタンフォードから、同居人候補としてホームズを紹介される部分です。

-mouthed は、複合語の第2要素として「口が〜の、ことばが〜の」の意味で使われます。たとえば、large-mouthed, wide-mouthed, foul-mouthedなど。接辞 -ed は名詞につけて「〜(の特徴)をもった」という意味の形容詞を派生します。したがって、-mouthed の -th- は[θ]と発音されると期待されます。しかし、辞書を見ると、有声の[d]という発音が載っていて、しかもこちらの方が優勢のようです。その理由はよくわかりません。ちなみに、-breathedでは無声音が優勢となっています。

〔コーパス調査〕BNCにおける-mouthedの頻度ランキング


(2) 'It is not easy to express the inexpressible,' he answered with a laugh. 'Holmes is a little too scientific for my tastes -- it approaches to cold-bloodedness. I could imagine his giving a friend a little pinch of the latest vegetable alkaloid, not out of malevolence, but simply out of a spirit of enquiry in order to have an accurate idea of the effects. To do him justice, I think that he would take it himself with same readiness. He appears to have a passion for definite and exact knowledge.(p.15)

 「表現できないものを表現するのは楽じゃないな」と彼(スタンフォード)は笑いながら答えた。「ホームズという男はわたしの好みからすると少しばかり科学的すぎるんだ。冷血というのに近いんだ。わたしには彼が野菜から取った新種のアルカロイドを一つまみ、友人に与えてみるところが目に浮かぶようだよ。悪意からそうするのではなくて、単に探究心から、どんな効果があるか正確に知りたいがためにするんだ。公平を期すると、彼は自分に対しても同じように喜んでそうするだろうと思うよ。彼は明確で正確な知識に対する情熱を持っていると見えるね。

スタンフォードがワトソンにホームズの人物像を伝えている場面です。

問題の英文は、imagine+(人)doingで、「人が〜するところを想像する」という構文。下の(a)のように、doing の主語が imagine の主語と同じときは(人)の部分は省略されます。doing の主語を表現する必要があるときには、(b)のように、目的格の名詞句を doing の前に置きます。同様の使い方をする動詞は、notice など。

 a. I can't imagine having a sauna.(サウナに入るなんで想像もできません。)
 b. I can imagine him beating his dog.(彼が飼い犬を叩くところが目にうかぶ。)

問題の文のように、doing の主語が所有格で表されるのは最近ではまれのようです。Doyleの英語が少々古くなっているようです。

BNCにおける imagine + 所有格+doing


(3)... 'I've found it! I've found it,' he shouted to my companion, running towards us with a test-tube in his hand. 'I have found a reagent which is precipitated by haemoglobin, and nothing else.' Had he discovered a gold mine, greater delight could not have shone upon his feature. (p.16)
 「見つけた、見つけた!」と彼は私の連れに向かって叫び、手に試験管を持って我々の方に走ってきた。「他の何物によらず、ヘモグロビンによってのみ沈殿する試薬をぼくは見つけたんだよ」 たとえ金の鉱脈を見つけたとしても、これ以上の喜びが彼の表情に現れることはなかっただろう。

仮定法過去完了 If S + had Vpp 〜, S would/could have Vpp 〜の構文は、実現しなかった過去の事柄に対する推量を表す。この文では、仮定節において主語と助動詞の倒置があり、ifが現れていない。しかも、仮定節と帰結節の関係がすんなりとつながらない。このため、仮定節を「たとえ〜だったとしても」のように、譲歩的に解釈する必要がある。

倒置による仮定法の使用実態はどうなっているのだろう。時制、助動詞や動詞の種類、地域、時代によって使用頻度に違いがあるのだろうか。


(4) 'Never mind,' said he, chuckling to himself. 'The question now is about haemoglobin. No doubt you see the significance of this discovery of mine?' (p.16)

(5) 'Why, man, it is the most practical medico-legal discovery for years. Don't you see that it gives us an infalliable test for bollod stains. Come over here now!' He seized me by the coat-sleeve in his eagerness, and drew me over to the table at which he had been working. (p.16)

(6) 

()