「真の」アブシジン酸受容体発見か?!


Yue Ma, Izabela Szostkiewicz, Arthur Korte, Daniele Moes, Yi Yang, Alexander Christmann, and Erwin Grill (2009)
Regulators of PP2C phosphatase activity function as abscisic acid sensors.(PP2Cホスファターゼ活性の制御因子はアブシジン酸センサーとして機能する。)
Science Vol. 324, No. 5930, pp. 1064-1068.(2009年5月22日号)

Sang-Youl Park, Pauline Fung, Noriyuki Nishimura, Davin R. Jensen, Hiroaki Fujii, Yang Zhao, Shelley Lumba, Julia Santiago, Americo Rodrigues, Tsz-fung F. Chow, Simon E. Alfred, Dario Bonetta, Ruth Finkelstein, Nicholas J. Provart, Darrell Desveaux, Pedro L. Rodriguez, Peter McCourt, Jian-Kang Zhu, Julian I. Schroeder, Brian F. Volkman, and Sean R. Cutler (2009)
Abscisic acid inhibits type 2C protein phosphatases via the PYR/PYL family of START proteins. (アブシジン酸はSTARTタンパク質のPYR/PYLファミリーを通してタイプ2Cプロテインホスファターゼを阻害する。)
Science Vol. 324, No. 5930, pp. 1068-1071.(2009年5月22日号)


 植物ホルモンのアブシジン酸abscisic acid, ABA)は,1960年代前半に,ワタの実の落下誘導物質としてアメリカのグループによって,また,イギリスのグループによってセイヨウカジカエデの休眠誘導物質としてほぼ同時に発見され,葉の離脱(abscission)を誘導すると考えられたことからこのように命名された。しかし,これはABAではなくエチレンによって制御されることが分かり,名前との不一致が明らかになったが,そのままこの名称で呼ばれ続けられている奇妙な歴史を持つ植物ホルモンである。しかし,その後,気孔の開閉や種子の成熟,乾燥や低温への耐性の誘導など,植物の生理的応答において極めて重要な役割を担っていることが明らかとなり,特にその農業生産上の重要性もあり,多くの研究が蓄積されてきている。
 すでに本コーナーでも多数紹介したように,植物ホルモンの作用の分子機構の解明のためには,動物ホルモンと同様に,その生理的応答をもたらすシグナル伝達機構の解明が必須であり,そのためにはまず,そのホルモンの受容体の同定が鍵となる。ABA受容体については,ごく最近三量体型Gタンパク質共役膜タンパク質がその有力候補として同定され,Gタンパク質の活性化を通してのシグナル伝達の存在が示唆されている。しかし,この受容体候補がABAへの親和性が低いとか,また,その下流に存在すると思われる既知のABAシグナル伝達経路と直接には結びつかないなど,真のABA受容体であるかについては疑問符が付いている。
 ABAシグナル伝達の鍵となる因子は,ABA応答を部分的にオーバラップして抑制する,タイプ2Cプロテインホスファターゼ(PP2C)ABI1とその近縁の構造的ホモログABI2であること(すなわち細胞内ABA濃度が低い時は,ABI1とABI2が下流のABAシグナル伝達に関わるタンパク質を脱リン酸化することにより不活性化し,経路を遮断している)が,すでに証明されている。そこで,ドイツのミュンヘン工科大学のErwin Grillのグループは,酵母の2ハイブリッド系を用いてABI2と相互作用するシロイヌナズナのタンパク質を探索し,その中から機能不明のタンパク質を発見し「ABA受容体の制御成分1」(regulatory component of ABA receptor 1,RCAR1)と命名した。シロイヌナズナにおいては,このタンパク質は,クラス10病原体関連タンパク質と構造的類似性を共有する,14のメンバーを持つファミリーに属していた。彼らは,RCAR1はABAを結合し,in vitroでABI1またはABI2のホスファターゼ活性をABA依存的に不活性化すること,植物内でPP2C作用に拮抗すること,また,他のRCARファミリーのメンバーもまたABI1とABI2のABA依存性制御を介在することなどを示し,先の三量体型Gタンパク質共役受容体などのABA受容体の多様性を認めながらも,RCARもABA受容体であると結論付けている。
 一方,カリフォルニア大学のParkらは,pyrabactinと呼ばれる種子の発芽を阻害する合成成長阻害剤の作用をシロイヌナズナの種子及び実生を用いて解析して,それが種子においては選択的なABAアゴニストとして機能し,そのシグナル伝達経路を標的としていることを示した。さらに,pyrabactinに対する抵抗性突然変異体を分離して,原因遺伝子PYRABACTIN RESISTANCE 1PYR1)をクローニングすることに成功した。PYR1タンパク質は STARTタンパク質スーパーファミリーのシクラーゼ・サブファミリーのメンバーであり,更にこれと顕著に類似性のある13遺伝子PYL (PYR1-Like) 1-13が存在していた。そしてこのPYR1を通しての作用が, pyrabactinとABAシグナル伝達の両者に必要であることをin vivoで示し,またABAがPYR1と結合し,そして,引き続いてPP2Cと結合してその活性を阻害することを示した。また他のPYLメンバーのいくつかについても,同様の結果を示し,そのことより著者らは,PYR/PYLタンパク質が,ABA依存的にPP2Cを阻害することによってABAシグナル伝達を調節する(すなわち,経路の遮断を解除する),負の制御経路の頂点で機能しているABA受容体であると結論付けた。
 以上のように,欧米の別々の研究グループによって,全く異なる研究手法によって独立に同定されたABA受容体であるが,シロイヌナズナのゲノムデータベースでの検索の結果,両グループの14遺伝子産物はすべて相互に一致した。ここにおいて,やっと「真のABA受容体」が見付かったのではないかと,評価されるに至っている。
 さて,この種の研究の進展の一つの障害となっているのは,「遺伝的冗長性」と呼ばれている現象である。これは,特定の生物学的応答に関与する遺伝子が複数存在するために,一つの遺伝子に突然変異を誘発しても,他の遺伝子が補うために表現型に変化が生じない現象である。この冗長性を回避するために,Parkらは,化学的性質が分かっている試薬を用いての「化学遺伝学的なアプローチ」を用いて結果を得た。今回二つのグループで明らかにした14遺伝子にもこの冗長性があり,1個のみ遺伝子破壊してもABA応答性を失わないことを報告している。複数の遺伝子の破壊あるいは変異でABA応答性に影響が出るが,その出方は多様なようである。恐らくは,一部重複しながらも,多様なそれぞれのRCAR/PYR/PYLタンパク質が,様々な組織で様々な細胞内外の環境の変化に応答しながら, ABA依存性シグナル伝達を介在しているのであろう。そして,他の研究グループから報告されているABA受容体もまだ完全には否定されておらず,オーキシン受容体のように,多様な受容体の存在の可能性は引き続き残っている。


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