「接ぎ木雑種」再見!!


Sandra Stegemann and Ralph Bock (2009)
Exchange of genetic material between cells in plant tissue grafts.(植物組織の接ぎ木における細胞間の遺伝物質の交換。)
Science Vol. 324, No.5927, pp. 649-651. (2009年5月1日号)


 接ぎ木は,植物の構造を改良したり、成長力を向上させたり、病虫害抵抗性を増加させたりするために、農作物の栽培や育種で広く用いられている。接ぎ木は木の茎または根を互いに切ってつなぐことにより,接ぎ木された組織が維管束組織を融合させて確立するが、台木(移植片の下部)と接ぎ穂(上部)との間には,遺伝物質のやりとりはないと考えられており,接ぎ木自体の性質の向上は,接ぎ木に使われた両植物の優良形質が合わさったものであると,解釈されている。
 ドイツのマックスプランク研究所のStegemannとBockは,接ぎ木した組織間での遺伝物質のやりとりはないとするこの仮説を検証するために,異なる選択マーカーとリポーターを運んでいる2つのトランスジェニック・タバコ系統を作り出した。1つの系統は、核ゲノムカナマイシン抵抗性遺伝子黄色蛍光タンパク質遺伝子を持つものであり,もう一つの系統は,そのプラスチド(葉緑体)ゲノムスペクチノマイシン抵抗性遺伝子緑色蛍光タンパク質遺伝子を持つものであり,前者を台木,後者を接ぎ穂として茎で接ぎ木した植物と,その逆の接ぎ木植物を作製した。次いで,接ぎ木部分の組織を横に順番にスライスし,カナマイシンとスペクチノマイシンを含む選抜培地で培養したところ,いずれの接ぎ木でも,両抗生物質に抵抗性のカルスとカルスから再生したシュートを一定頻度で得た。そこで,このカルスの細胞における蛍光リポータータンパク質の細胞内局在性を調べたところ,細胞質ゾルに黄色蛍光タンパク質の蛍光を,葉緑体に緑色蛍光タンパク質の蛍光を多くの細胞で検出した。
 次に,ノーザン・ブロット分析によって,導入遺伝子の存在をDNAレベルでも確認することができた。この遺伝子伝達は切り口のみならず,その近傍でも起きていることより,組織の傷は関与しておらず,また核型分析より,接ぎ木した組織細胞同士の融合の可能性も除外された。さらに,核ゲノムと葉緑体ゲノムの分子マーカーをPCRによって増幅し検出することにより,遺伝子伝達の方向と規模を調べたところ,両ゲノムとも両方向にしかもかなり大きなサイズで伝達されていることが分かった。
 以上の結果より著者らは,彼らの発見が,接ぎ木介在の自然の遺伝子伝達と遺伝子操作の間の垣根を曖昧にすること,そして,接ぎ木が種のバリアを越えての交雑に道を拓くものであることを示唆している。
 これに関連して,かつて,旧ソ連のスターリン時代において,結果として同国の科学と農業の発展に大きなダメージを与えたルイセンコは,接ぎ木のみで雑種ができることを示し,いわゆるルイセンコ学説の重要な実験的根拠とした。しかし,その後の生物学の発展が,この学説の荒唐無稽さを証明し,接ぎ木雑種も間違いであるとされた。この論文は,勿論このルイセンコ学説を支持するものではないし,また,遺伝子伝達があくまでも接ぎ木部位のみに起きていて,葉や花への遠距離伝達はないことも証明している。しかし,接ぎ木部分から選抜されたカルスから再生された植物が安定した遺伝的形質を持つとされており,その意味では「接ぎ木雑種が別の科学的根拠を持って蘇ったとも言えよう。


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