被子植物の雌雄の出会いと融合に分子の光が差す!


Juan-Miguel Escobar-Restrepo, Norbert Huck, Sharon Kessler, Valeria Gagliardini, Jacqueline Gheyselinck, Wei-Cai Yang, and Ueli Grossniklaus (2007)
The FERONIA receptor-like kinase mediates male-female interactions during pollen tube reception.(FERONIA受容体様キナーゼが花粉管受容過程における雌雄の相互作用を介在する。)
Science Vol. 317, No. 5838, pp. 656-660.(2007年8月3日号)

 動物における受精は,その配偶子である卵と精子との相互認識から開始し,異種同士であるならば受精が成立しないことが多い。植物においても,運動性を有する精子を持つものの場合は,同様の機構が存在すると考えられる。しかし,被子植物の場合はどうなのであろうか?
 被子植物においては,減数分裂で生じた小胞子花粉四分子)と大胞子胚嚢細胞)は,更に分裂してそれぞれ雄性配偶体及び雌性配偶体である花粉胚嚢を形成する。花粉は,雌しべの柱頭上で発芽し,胚嚢からの走化性シグナルに導かれて胚珠の開口部である珠孔へ向けて花粉管を伸長させ,運動性のない二個の精細胞を胚嚢まで運ぶ珠孔の内側では 2個の助細胞が待ち受けており,花粉管の到着前後にそのうちの一つが退化し,珠孔側に位置する繊形装置(細胞壁が助細胞内に陥入して繊維状に見えるのでこの名前が付けられている)を通って花粉管の進入を導く助細胞に進入した花粉管は伸長を停止し,先端が崩壊して精細胞を放出し,一個は隣接する卵細胞と受精し胚を作り,もう一個は中央細胞の二個の核とともに胚乳(正確には「内乳」または「内胚乳」)形成に関与する(この際,三核が合体する場合としない場合がある。また,いわゆる無胚乳種子を作る植物の場合は退化する)。
 以上のように,受精に先立つ花粉管の受容は助細胞が担っていると考えられており,異種の花粉管が珠孔に到達した場合は助細胞による受容がないために,胚嚢内には進入できても花粉管は崩壊せずに伸長し続け,結果として精細胞が放出されないために受精が不成立になるとされている。
 さて,スイス・チューリッヒ大学のEscobar-Restrepoらは,この異種の花粉管が進入した場合と同じような表現型を示して受精が成立しない(従って種子ができない)シロイヌナズナの二つの突然変異feroniafer)とsirenesir)について,ポジショナル・クローニングによりその原因遺伝子の一つである野生型遺伝子FERONIAFER)を得た。この遺伝子は,植物に特異的でありかつ広く発現されている,自己リン酸化活性を持つ受容体様キナーゼreceptor-like kinase, RLK)ファミリーの一つのサブファミリーに位置づけられるRLKタンパク質をコードしており,芽,花,及び角果において強く発現していた。また,この遺伝子をfer及びsir突然変異体で発現させると,これらの突然変異を救済した。更に,この遺伝子のプロモーターまたは全体とリポーター遺伝子との融合遺伝子での形質転換体を用いて細胞及び細胞内局在性を調べたところ,この遺伝子は助細胞で発現しており,またその遺伝子産物は細胞膜にターゲティングされ,しかも,助細胞では繊形装置に濃縮されていた。花粉及び花粉管では発現していなかった。更に,fer突然変異とsir突然変異は,同じ遺伝子の違った部位に起きたそれぞれ挿入及び欠失が原因であり,相互に対立遺伝子であることも分かった。
 一方,このFER-RLKタンパク質は,ほぼ真ん中に位置する膜貫通領域のN末端側に長い細胞外ドメインを,またC末端側に細胞内セリン/トレオニン・キナーゼドメインを持つ。そこで,著者らは,同じ科の二種から相同遺伝子を得て,その塩基配列を比較したところ,細胞外ドメイン側に有意に多数の非同義的塩基置換(アミノ酸の違いをもたらす置換)を見出し,遠縁であるほどその違いが大きいことが分かった。
 以上の結果より,著者らは,雌性配偶体である胚嚢の助細胞の珠孔に面する繊形装置の細胞膜に局在するFER-RLKが,その細胞外ドメインで雄性配偶体である花粉管からの特異的リガンド(実体は不明であり,花粉管から分泌されるかその表面に存在すると推定)を受容し,同種であると認識した場合に細胞内情報伝達機構(これも詳細は不明)を起動し,花粉管の細胞内への進入を許す生理的変化をもたらすのであろう,と考察している。
 この研究は,シロイヌナズナを用いた純粋な基礎研究であるが,この雌雄の配偶体間の受容機構が詳細に解明されたならば,異種間を含む人為的交雑を容易に起こすことが可能になり,農業生産上大きな可能性を開くことになるだろうと評価されている。近い将来,三大穀物であるコムギとイネとトウモロコシの良いところだけを組み合わせた,夢のような「ウルトラスーパー穀物」が出現するかもしれない。

※追記:この論文は,ほぼ一週間後に発行されたNatureの8月9日号の「RESERCH HIGHLIGHTS」コーナーのトップで取り上げられている。このコーナーは,その前の週に他の科学専門誌に掲載された注目すべき研究を取り上げるコーナーであり,特にインパクトがあるものが,そのトップを特別のレイアウトで飾っている。やはり,種間交雑を操作できる可能性が,注目されている。(8月17日記)

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