エチレンが根の静止中心の分裂を調節する!


Olga Ortega-Martinez, Monica Pernas, Rachel J. Carol and Liam Dolan (2007)
Ethylene modulates stem cell division in the Arabidopsis thaliana root.(エチレンがシロイヌナズナの根における幹細胞分裂を調節する。)
Science Vol. 317, No. 5837, pp. 507-510. (2007年7月27日号)

 多細胞生物の構築は,再生と分化する娘細胞の生成の両者を行う幹細胞に依存することは,動植物問わず普遍的である。植物の幹細胞については,すでにこのコーナーで紹介済み(Nature 2007年4月12日号)であるが,今回紹介するこの論文では,根の幹細胞ニッチにおける細胞分裂を調節する遺伝子を同定する過程において,そのニッチの中心にあって,それ自身はほとんど分裂せずに隣接する幹細胞の未分化状態を維持している静止中心quiescent center, QC)の細胞分裂が,植物ホルモンのエチレンによって調節され得ることを報告している。
 Ortega-Martinezらは,シロイヌナズナの根の突然変異体の中で,QCに分裂像が認められる二つの突然変異を同定した。それらの突然変異(表現型としては,根の正常な発達が阻害され,根毛に富む太く短い根になる)においては,発芽後4日目までに96%の植物においてQCが細胞分裂しており,8日から12日までにすべてが分裂した(野生型ではほとんど分裂しない)。そこで,ポジショナルクローニングによって,この突然変異の原因遺伝子を決定したところ,その機能欠損がエチレンの過剰生産をもたらす,ETHYLENE OVERPRODUCER 1 (ETO1)であった。ETO1遺伝子は全植物体で発現されており,エチレンの前駆体である1-amino-1-cyclopropane carboxylic acid (ACC)を合成するACC合成酵素5(ACS5)のレベルを調整することによりエチレン合成速度を制御する,ユビキチンE3リガーゼをコードしている。すなわち,このリガーゼが欠損すると,ACC合成酵素の制御が出来ず,エチレンが過剰生産されるのである。
 彼らは,このETO1 E3リガーゼが,QCにおいて,他のタンパク質ではなくまさにACC合成酵素の分解を制御することによりQCの分裂を調節していること,また,ACCを外から投与することにより野生型植物においてQCの分裂が促進されること,更に,他のエチレンを過剰生成する突然変異体を解析することなどにより,QCにおける細胞分裂がエチレンによって制御されていると結論付けた。
 尚,すでに,シロイヌナズナの根の幹細胞の発生はオーキシンによって制御されていることが報告されているが,オーキシンだけではQCの細胞分裂誘導には不十分であることも彼らは示している。エチレンは揮発性ガスであるために,外部からも作用することが知られている。このエチレンがQCの分裂を調節していることは,内部シグナルと外部シグナルが,エチレン仲介で統合されていることを示唆している。そこで著者らは,エチレンは,根系の胚以後の発生過程において,幹細胞ニッチでのQCの細胞分裂を調節するシグナル伝達経路の一部をなしていると提案している。エチレンの植物の発生制御(この場合は根の)における新たな役割を提示している論文である。

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