ジャスモン酸がトウモロコシの雄性決定ホルモンである!
Ivan F. Acosta, Helene Laparra, Sandra P. Romero, Eric Schmelz, Mats Hamberg, John P. Mottinger, Maria A. Moreno, and Stephen L. Dellaporta (2009)
tasselseed1 is a lipoxygenase affecting jasmonic acid signaling in sex determination of maize.(tasselseed1はトウモロコシの性決定においてジャスモン酸シグナル伝達に影響するリポキシゲナーゼである。)
Science Vol. 323, No. 5911, pp. 262-265.(2009年1月9日号)
トウモロコシは茎の頂端部に十数本に枝分かれした雄小花のみの雄花序(房)を付け,茎中部の葉腋には雌小花のみの雌花序(穂)を付ける。しかし,花の発生初期においては,両者の小花とも3個の雄蕊原基と真ん中に1個の雌蕊原基よりなるイネ科植物に典型的な両性小花であり,発生途中で頂端部の房においては雌蕊形成が停止し,中部の穂においては雄蕊形成が停止し,それぞれ単性小花からなる花序となる。このようなトウモロコシにおける性決定は,小花の性的発生運命を変える突然変異の研究から,遺伝的に制御されていると考えられている。特に雄小花形成が異常になり,房に種子が形成されるためにこのように命名されたtasselseed1(ts1)及びtasselseed2(ts2)突然変異の研究により,それらの野生型の原因遺伝子tasselseedが,花分裂組織の雌蕊原基細胞の細胞死を介在することにより雄性化させることが既に報告されているが,その分子機構については不明であった。
さて,米国エール大学のAcostaらによる本論文では,この雄性決定遺伝子tasselseed1(ts1)をポジショナル・クローニングによりクローニングし,その遺伝子産物TS1タンパク質の機能を特徴づけた。
クローニングした遺伝子の塩基配列から推定したアミノ酸配列には,そのN末端に葉緑体へのターゲティングを指定すると思われるシグナル配列が存在した。また他の植物の遺伝子産物とのホモロジー検索から,α-リノレン酸などの多価不飽和脂肪酸の酸素化を触媒するリポキシゲナーゼのうち,13番目の炭素を酸素化する13-リポキシゲナーゼに高いホモロジーを示した。そのことより,TS1タンパク質が,葉緑体に局在する13-リポキシゲナーゼであり,また,その既知の生理的役割(この酵素は,α-リノレン酸からジャスモン酸への代謝の初発反応を触媒する)から,植物ホルモンのジャスモン酸(JA)の生合成に関与することが示唆された。
さらに,機能的ts1遺伝子がない変異体ではリポキシゲナーゼ活性が失われているとともに,内因性のJA濃度が減少していること,また,発生しつつある花へのJAの外部からの添加が,変異体ts1とts2に正常な花粉を持つ雄小花形成を回復させることなどから,トウモロコシでの雄小花発生はJAによって制御されていると結論付けた。
尚,著者らは,もう一つのts2遺伝子についても同様に調べ,それがJA生合成の下流の代謝に関与する酵素をコードしていると推定しているが,詳細は不明としている。
既にこのコーナーでも紹介したように(Nature 2007年8月9日号),JAは病虫害への応答において中心的役割を果たすのみならず,植物の様々な生理的過程に重要な作用を及ぼす第7番目の植物ホルモンである。その正常な生殖過程への関与もシロイヌナズナ等で知られている。しかし,雄性化への関与はこれが初めての報告である。ちなみに,トウモロコシの雌小花形成にはジベレリンが関与しているとされるが,同じジベレリンはキュウリでは雄性化を促進し,また,キュウリ及び同じウリ科のメロンでは,エチレンが雌性化に関与しているとされている。従って,性決定における植物ホルモンの役割は植物によって大きな違いがあり,それぞれの植物の進化の過程で独自に獲得したものであろうと,著者らは推定している。