オーキシン輸送における細胞極性の形成機構解明!


Pankaj Dhonukshe, Hirokazu Tanaka, Tatsuaki Goh, Kazuo Ebine, Ari Pekka Mahonen, Kalika Prasad, Ikram Blilou, Niko Geldner, Jian Xu, Tomohiro Uemura, Joanne Chory, Takashi Ueda, Akihiko Nakano, Ben Scheres & Jii Friml (2008)
Generation of cell polarity in plants links endocytosis, auxin distribution and cell fate decisions. (植物における細胞極性の形成が,エンドサイトーシス,オーキシン分布,そして細胞運命の決定と関連している。)
Nature Vol. 456, No. 7224, pp. 962-966 ( 2008年12月18日号)

 植物ホルモンのオーキシンは,若い葉や頂芽等で合成された後,光や重力等の環境要因や植物の発生・成長段階などに依存して方向性を持って輸送されて濃度勾配を形成することにより,様々な組織・器官において濃度依存的生理作用をもたらすことが,教科書的にも良く知られている。そしてこの方向性を持つオーキシン輸送を担うのが, PINファミリー(その遺伝子に突然変異が起こると,植物体に屈性反応が起こらずにピンpinのようになるので,このように命名された)に属するオーキシンの排出(外向き)トランスポーターであり,それは同時に植物細胞の極性の目印にもなっている。たとえば,根においては,PIN1は中心柱細胞の頂端側(根端側)の細胞膜に局在し,またPIN2は,皮層細胞では頂端側,表皮細胞では基部側(茎側)の細胞膜に局在しており,それぞれ局在する側へオーキシンを輸送し濃度を高めている(一方,内向きオーキシントランスポーターAUX1は,局在性なしに細胞の周囲から均等にオーキシンを細胞内に取り込むとされている)。このPINトランスポーターの極性は,胚のパターン形成や器官形成にも重要な発生学的役割を担っている。しかしながら,その重要性にも拘わらず,PINの分布に極性が生じる仕組みはまだ明らかにされていなかった。
 さて,日欧の複数の研究室の共同研究による本論文では,黄色蛍光タンパク質YFPなどのリポータータンパク質と融合させたPINトランスポーターをリアルタイムに追跡することにより,以下の実験結果を得た。(1)PINは合成後にゴルジ体経由で細胞膜へと運ばれるが,このときは局在性が認められず,全ての方向にデフォルト輸送系により輸送される。(2)その後1-2時間程の間に,本来的に局在する細胞膜以外からPINトランスポーターが消失し,細胞極性が完成する。(3)オーキシンによって,あるいはシロイヌナズナのRab5 GTPアーゼ経路を操作することによってPINのエンドサイトーシスを阻害すると,PIN分布の極性化が妨げられる
 これらの結果などにより,著者らは,PIN分布の極性化が,このタンパク質の細胞外への分泌や側方拡散によるのではなく,いったん細胞膜全体に送り込まれたPINタンパク質のエンドサイトーシスによる選択的回収によるものであると結論付けた。
 更に,著者らは,このエンドサイトーシス経路をノックアウトしたシロイヌナズナ変異体の胚発生過程を解析することにより,本来的には幼根方向にオーキシンが輸送されて胚におけるオーキシンの非対称分布(幼根側が濃度が高く子葉側が低い)が起き,それが正常な胚発生をもたらすはずなのに,その移動が阻害されて胚頂端部で局所的なオーキシン応答が亢進することにより,子葉が幼根様になるというホメオティックな形質転換が起こることなどを観察した。このことより,エンドサイトーシスに依存した個々の細胞のPIN極性と、植物の胚発生におけるパターン形成におけるオーキシン分布に依存した細胞運命の決定とが,密接に関連していることが明らかになった。
 オーキシンに関する研究は,19世紀末におけるダーウィン親子による系統的な光屈性等の観察から始まり,すでに一世紀を超える歴史を持っている。しかし,まだまだ未解明の事が多く,オーキシン作用の酸成長説において要となっている細胞膜H+-ATPaseの活性化機構についても,分子量5万7千のABP(auxin binding protein)の発見の報告以降,進展が見られない。しかし,モデル植物シロイヌナズナを重要なツールとして,確実に成果が蓄積していることは事実である。2009年にはどのような「画期的発見」があるのか,楽しみでもあると同時に,その進展から縁遠い立場にある我が身を寂しくも思う。

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