ジベレリンは受容体タンパク質のアロステリック構造変化をもたらす!


Kohji Murase, Yoshinori Hirano, Tai-ping Sun and Toshio Hakoshima (2008)
Gibberellin-induced DELLA recognition by the gibberellin receptor GID1.(ジベレリン受容体GID1によるジベレリン誘導のDELLA認識。)
Nature Vol. 456, No. 7221, pp. 459-463.(2008年11月28日号)

Asako Shimada, Miyako Ueguchi-Tanaka, Toru Nakatsu, Masatoshi Nakajima, Youichi Naoe, Hiroko Ohmiya, Hiroaki Kato and Makoto Matsuoka (2008)
Structural basis for gibberellin recognition by its receptor GID1.(受容体GID1によるジベレリン認識の構造的基礎。)
Nature Vol. 456, No. 7221, pp. 520-523.(2008年11月28日号)

参考
Peter Hedden (2008)
Giberellins close the lid.(ジベレリンは蓋を閉める。)
Nature Vol. 456, No. 7221, pp. 455-456.(2008年11月28日号)


 ジベレリン(GA)は今から70年ほど前に,イネの馬鹿苗病病原菌が生産しイネに異常な成長を引き起こす菌類毒素として,日本の研究者によって発見された。その後1950年代に,高等植物の重要な内因性植物ホルモンとして認知されるに至り,その農業生産上での重要性もあり,世界中で広く生合成や遺伝子発現そしてシグナル伝達経路に関わる研究が行われている。
 GAシグナル伝達経路に関しては,オオムギ種子の発芽過程において,貯蔵デンプンの分解に与るαーアミラーゼがGAによって合成誘導されることが明らかになって以来,この材料を中心としてその受容体の同定が行われてきたが,進展は遅かった。しかし,ご多分に漏れず,シロイヌナズナにおいてGAシグナル伝達に異常を来す突然変異体が選抜され,その原因遺伝子の探索の中でDELLAタンパク質(そのN末端側に保存されたアミノ酸配列DELLAが存在するのでこのように命名された)と呼ばれる一連の抑制因子(GA濃度が薄い条件下では,リプレッサータンパク質と結合してGA誘導遺伝子をオフにするタンパク質)が,GAシグナル伝達のスイッチとして働くことが分かった。そして,DELLAタンパク質をGA依存的にユビキチン-26Sプロテアソーム系での分解に導きGAシグナルをオンにする可溶性核内GA受容体GID1GIBBERELLIN INSENSITIVE DWARF 1:その突然変異がGA非感受性矮性をもたらすので,このように命名)が更に同定された。そしてイネにおいても同様の発見が続いた。しかし,どのようにGAがGID1と結合しDELLAタンパク質の認識をもたらすかは,不明のままであった。
 さて,日本の二つの研究グループから違った材料を用いて同時に報告されたこれらの論文では,結晶化したGA(GA3またはGA4)-GID1-DELLA三重複合体あるいはGA-GID1複合体の高解像度のX線結晶構造解析によって,その結合様式とGID1によるDELLAタンパク質の認識機構を報告している。
 奈良先端科学技術大学院大学の研究グループを中心として行われた1番目の論文では,ジベレリン酸(GA3)とシロイヌナズナのGID1A及びDELLAタンパク質の一種であるGAIのDELLA配列を含むN末端側ドメイン(DELLAドメイン)からなる三重複合体を結晶化し,1.8Åの解像度で結晶構造解析を行った。その結果, GID1Aの深い結合ポケットに入り込んだGA(複数のアミノ酸側鎖との水素結合と疎水結合によって保持される)をGID1AのN末端ヘリックスからなるスイッチ領域が蓋をし,さらにこの蓋を上から覆うように,DELLA,VHYNP,そしてLExLE(xは任意のアミノ酸)モチーフをもつDELLAドメインが結合している構造を明らかにした。また,植物の内因性GAであるGA4を用いても同様の構造が観察されたことより,生理活性を有するGAに共通する結合様式を解明した。以上のことより,接着剤として作用するオーキシン(Nature 2007年4月5日号参照)とは異なり,GID1によるDELLAタンパク質の認識にはGAは直接関与しておらず,GID1へのGA結合によるアロステリックな構造変化が,両者の認識と結合をもたらすと結論した。
 一方,名古屋大学と京都大学の二つの研究室による共同研究による二番目の論文では,GA4またはGA3が結合したGID1のイネのオルソログであるOsGID1を,解像度1.9ÅでX線結晶構造解析を行うとともに,GAとの結合に関与すると思われる結合ポケットを構成するアミノ酸を置換したGID1変異体を用いて,GA結合能を調べた。また,同じスーパーファミリーに属するHSL (hormone-sensitive lipase)ファミリーのカルボキシルエステラーゼCXE1の結晶構造や,GAに対する特異性や感受性が低いヒカゲノカズラ類イワヒバ属のイヌカタヒバのGID1とのアミノ酸配列の比較を行った。その結果,構造的には同様の結論に達するとともに,GID1がHSLに由来すること,また植物の進化の過程で,生理活性をもつGAへのより厳密な選択性とより高い親和性を獲得する方向にアミノ酸置換が起きたことを示した。
 植物ホルモンのうちオーキシンGA,そしてジャスモン酸(JA)は,細胞内受容体を通しての作用機構が類似しており,いずれも受容体とホルモンとの結合がリプレッサータンパク質の分解を促進し,それによって抑制が解かれてそれぞれの植物ホルモン応答遺伝子群が転写誘導される(JAに関してはNature 2007年8月9日号参照)。しかし,それぞれの分子機構については独自性があることが今回の研究から示唆され,その背景には,それぞれの植物ホルモン及び受容体の進化的バックボーンの違いがあるようである。まだまだこの分野においては未解明の課題が多いが,特にGAに関しては,種なしブドウの生産や倒伏に強い矮性品種の開発等,農業生産への直接応用面での重要性が高いために,全世界的に注目されている。日本発のこれらの成果が,どのように世界の食糧増産に結びついて行くのか,今後の研究の発展に期待したい。


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