Bjorn P. Pedersen, Morten J. Buch-Pedersen,
J. Preben Morth, Michael Palmgren, and Poul Nissen (2007)
Crystal structure of the plasma membrane proton pump.(細胞膜プロトンポンプの結晶構造。)
Nature Vol. 450, No. 7172, pp. 1111-1114.(2007年12月13日号)
当研究室では,植物の細胞膜プロトンポンプ(H+-ATPase)の生理・生化学的機能に関するテーマを主要な研究課題としてきた。この膜酵素は,全ての真核生物において細胞膜電位と二次能動輸送にエネルギー付与するP型ATPaseの中のIII型サブファミリーに属する酵素であり,植物だけではなく菌類及び多くの藻類においても,細胞膜一次イオンポンプとして必須の役割を担っている。
デンマークのコペンハーゲン大学のPalmgrenとアールス大学のNissenの研究室による本論文では,C末端自己阻害ドメインを欠いて活性型になっているシロイヌナズナの細胞膜プロトンポンプAHA2を,非加水分解性ATPアナログのAMPPCP(アデノシン-5'-(β,γ−メチレン)−三リン酸)との複合体において結晶化し,3.6オングストロームの解像度で,X線結晶構造解析を行った結果を報告している。この構造は,E1-ATP型に相当し,細胞質側からプロトン(H+)を取り込み,酵素に結合している状態であると考えられている。
さて,結晶構造解析の結果,特にプロトン輸送に関わり以下のことが明らかになった。すなわち,(1)すべての細胞膜H+-ATPaseで保存されている膜貫通へリックスM6の細胞質側に位置するAsp684は,AHA2の膜貫通ドメインに埋まっている唯一の酸性残基であること,(2)やはり完全に保存されているM2のAsn106が,このAsp684と立体的に並置されていること,(3)膜貫通ドメインの中央領域に,水分子が約12個入る親水性アミノ酸側鎖の連続によって構成される大きな穴が存在すること,(4)その中央に,Asp684残基に相対するようにM5の塩基性アミノ酸Arg655が位置すること,などである。そして,著者らは,プロトン輸送機構に関して以下のモデルを提出している。(1)Asp684はこのポンプの中心的プロトン受容体及び供与体であり,E1-ATP型において
細胞質から取り込まれたプロトンをまず結合する,(2)プロトン化されたAsp684とAsn106とのペアは,この輸送過程のゲートキーパーとして働く,(3)ATPの加水分解で形成されたE2P型への構造変化によって親水性の穴が細胞外に開き,Asp684が結合していたプロトンが相対するArg655の正電場に促進されて細胞外に放出される,(4)Arg655の正電荷は同時にプロトンの逆行をブロックし,またAsp684の対イオンとしてAsp684の負電荷を中和する,(5)これによって脱リン酸化とE2型への構造遷移が促進される。
以上紹介したのは,主に10本の膜貫通へリックス(M1−M10)によって構成されているプロトンの通路である膜貫通ドメインに関わることのみであるが,細胞質に突き出ている触媒部位(Nドメイン,Pドメイン,Aドメイン)の構造に関しても,その触媒機構に関わって重要な知見が得られている。しかし,C末端自己阻害ドメイン(Rドメイン)については,その可変性のために高解像度のX線回折像が得られないことにより,明確なことが言えない段階であるようである。このドメインが,この酵素の活性調節において中心的役割を果たしているので,今後の更なる研究が期待されよう。