アポミクシスを利用した作物育種に幽かな光明が!?


Maruthachalam Ravi, Mohan P. A. Marimuthu and Imaran Siddiqi (2008)
Gamete formation without meiosis in Arabidopsis.(シロイヌナズナにおける減数分裂なしの配偶子形成。)
Nature Vol. 451, No. 7182, pp. 1121-1124.(2008年2月28日号)

 農作物の育種は,優れた形質を持つ品種間の何世代にも渡る交雑によって成し遂げられる。しかし,たとえ優れた複数の形質が組み合わさった優良品種が出来たとしても,引き続く有性生殖の過程においてこれらが分離してしまい,その子孫はさまざまな形質のモザイクになってしまう。従って,農家は,優良品種の栽培のために,一代限りの雑種(ハイブリッド)種子を種苗会社等に毎年依存することになる。
 一方,植物には,アポミクシスapomixisと呼ばれている動物とは異なった単為生殖が知られており,身近なところではセイヨウタンポポがその例である。これは,アポマイオシスapomeiosisと呼ばれている,遺伝的組換えや相同染色体の分離を伴わない不完全な大胞子母細胞(胚嚢母細胞)の減数分裂の結果,親と同じ2nの染色体数を持った大胞子(胚嚢細胞)が形成され,その発生の結果,2nの卵を有する雌性配偶体(胚嚢)が生じ,そのまま受精を経ずに2nの卵が単為発生して種子形成に至る過程である。結果として,親と遺伝的に同一のクローン植物が無限に生じることになる。このアポミクシスを繁殖様式としている顕花植物は400種ほど知られているが,主要な農作物ではほとんど存在しないとされている。また,その分子遺伝学的機構についても,ほとんどが未解明のままである。
 さて,インドのSiddiqiの研究グループによる本論文では,3倍体の種子を生じるモデル植物のシロイヌナズナ突然変異体dyadを遺伝学的・分子生物学的に解析することにより,この変異体では,大胞子母細胞の減数分裂においてアポマイオシスが引き起こされていることを報告している。すなわち,この変異体における3倍体の起源は,大部分はアポマイオシスによって生じた2倍体の卵と, 1倍体の精核との融合によるものであり,1倍体の卵への多精によるものではないことを証明している。
 dyadの野生型対立遺伝子SWICH1 (SWI1) は,大胞子母細胞の減数分裂において姉妹染色分体の合着とセントロメアの構築に必要とされ,その突然変異swi1では,雌性減数分裂の進行が停止し不稔となる。この突然変異型対立遺伝子であるdyad変異を持つ植物でも,9/10は同様に不稔となるが,ほんの少数の種子が形成され,その種子から発芽した多くの植物が3倍体であったのである。
 以上のように,大胞子母細胞の正常な減数分裂の進行に関わるDYAD/SWI1遺伝子に起きた単一の突然変異が,アポミクシスの原因となっている可能性が示されたことにより,この分子機構の全体像の解明のみならず,アポミクシスを人為的に利用した優良品種の育種に道を拓くものとして,高く評価されている。しかし,自然界におけるアポミクシスは優性表現型であるのに対して,このケースは劣性であること,また,この突然変異体の胚発生には受精を必要としており,単為発生は今のところごく稀であることなど,モデル植物シロイヌナズナで示された結果と,自然界でのアポミクシスとの間には大きな距離がある。それにも拘わらず,この報告をきっかけとして大きくこの分野の研究が進展するならば,食料の大増産という全人類的課題に答えることになるものと期待される。

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