動かざる植物細胞の驚くべき免疫機構が姿を現した!


Chian Kwon, Christina Neu1, Simone Pajonk, Hye Sup Yun, Ulrike Lipka, Matt Humphry, Stefan Bau, Marco Straus, Mark Kwaaitaal, Heike Rampelt, Farid El Kasmi, Gerd Jurgens, Jane Parker, Ralph Panstruga, Volker Lipka and Paul Schulze-Lefert (2008)
Co-option of a default secretory pathway for plant immune responses.(デフォルトの分泌経路の植物の免疫応答への取り込み。)
Nature Vol. 451, No. 7180, pp. 835-840.(2008年2月14日号)

 一見無防備のように見える植物であっても,感染した病原体に対して,感染の拡大を防ぐための自然免疫機構が存在することを,このコーナーでも既に紹介している(Nature 2007年7月26日号)。その防御機構としては,細胞内への感染を許した段階での機構が良く研究されてきたが,近年,細胞内への侵入前における防御機構についても知られてきている。この最大の特徴は,細胞が「自爆」せずに生き残ることであり,農業生産上も注目されている。
 さて,モデル植物のシロイヌナズナは,子嚢菌類うどん粉病菌の感染を受けない植物である。一般に病原菌とその宿主となる植物の間には,感染を許す双方の遺伝的適応性が存在するとされており,うどん粉病菌の場合はイネ科やマメ科の植物に自然界では感染する。しかし,野生型が抵抗性のシロイヌナズナであっても,突然変異によって感受性になる場合があり,そのことより,何らかの抵抗経路が存在することが推定され,その成分の一つとして,分泌等の小胞輸送において,輸送小胞の標的膜(分泌では細胞膜)側に存在して輸送小胞膜との特異的ドッキングを介在する t-SNAREsoluble N-ethylmaleimide sensitive factor attachment protein receptor)の主要成分である,PEN1シンタキシンが同定されている。
 独マックス・プランク育種研究所のKwonらによる本論文では,PEN1以外のSNARE成分を,関連遺伝子の欠損突然変異体やRNAiによる遺伝子サイレンシング,更に,蛍光タンパク質との融合タンパク質を用いた蛍光顕微鏡観察等によって網羅的に調べ,これらの成分タンパク質の病原菌の侵入前抵抗性への関与について報告している。その概要は以下の通りである。(1)細胞膜側に存在するt-SNARE成分としては,SNAP33(通常の分泌ではSNAP25)がPEN1と共同して働く。(2)輸送(分泌)小胞側に存在するv-SNARE成分としては,VAMPvesicle-associated membrane protein)72ファミリーメンバーのVAMP721VAMP722が関与する。(3)PEN1と以上の二種類のタンパク質は,SDS耐性の安定した三成分複合体を作る。(4)蛍光タンパク質と融合したVAMP722を含む成分は,病原体の細胞侵入部位近くの細胞膜に集中的に検出され,感染を受けていない細胞ではまばらにしか分布しない。(5)大麦のPEN1,SNAP33及びVAMP72のオルソログタンパク質も,うどん粉病菌菌糸の初期侵入部位近傍に蓄積する。(6)これらの遺伝子に欠損のあるシロイヌナズナでは,卵菌類の病原体にも高度に感受性になる。
 以上の結果と追加の実験データより,著者らは,病原菌の付着に伴う何らかのシグナルにより,抗微生物物質や細胞壁成分カロースなどを含む輸送小胞が付着部位直下近傍の細胞膜にドッキングし,それらを細胞外に分泌することにより,病原菌の細胞内への侵入を阻止するのであろう,と考察している。
 このように,植物は,古来から分泌機構として用いてきた機構を病原体の感染防御機構に取り込み,自然免疫応答に活用しているのである。また,その機構は,脊椎動物における細胞障害性Tリンパ球の免疫シナプス形成にも類似性があるとされており,動かざる植物の,潜在能力の高さに驚かされる。

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