オーキシンは「分子の接着剤」としてその作用を現す!

Xu Tan, Luz Irina A. Calderon-Villalobos, Michal Sharon, Changxue Zheng, Carol V. Robinson, Mark Estelle and Ning Zheng (2007)
Mechanism of auxin perception by the TIR1 ubiquitin ligase.(TIR1ユビキチン-リガーゼによるオーキシン認識の機構。)
Nature Vol. 446, No. 7136, pp. 640-645.(2007年4月5日号)

 オーキシンはもっとも早く発見された植物ホルモンであり,植物の成長や発生の多くの局面において制御的役割をはたしている。また,オーキシンの作用は直接的ではなく,数多くのオーキシン結合タンパク質ABP)との結合を通して作用すると考えられている。しかし,その結合とそれを通しての作用の分子機構については,ほとんど解明されていない。
 一方,植物細胞におけるオーキシン作用への応答として,特定の遺伝子群の発現があり,その遺伝子群のプロモータには共通する塩基配列オーキシン応答配列,auxin responsive element; AuxRE)が存在することが知られている。その共通配列に結合して転写を調節するのがARF(auxin response factor)タンパク質群であり,これには転写に対して活性化因子として働くものと,抑制因子として働くものが存在する。一方,オーキシン処理後数分で発現誘導される一群の遺伝子の中に,Aux/IAA遺伝子ファミリーがあり,この産物であるAux/IAAタンパク質は,転写活性化因子としてのARFタンパク質と結合してその作用を抑える,リプレッサーであることが分かってきた。
 さて,細胞に入ったオーキシンは,リプレッサータンパク質であるAux/IAAタンパク質のユビキチン−プロテアソーム経路による分解を促進し,その結果として抑制を解かれたARFタンパク質が転写を促進することにより,オーキシン応答遺伝子群が発現され,オーキシン作用がもたらされることが,最近の研究で明らかになった。この際,分解の目印である低分子量タンパク質ユビキチンを基質(この場合はAux/IAAタンパク質)に特異的に結合させ,プロテアソームでの分解に導くSCFユビキチン−リガーゼ複合体の中で,オーキシンを直接認識するのはTIR1(transport inhibitor response 1)と呼ばれているF-boxタンパク質ファミリー(F-boxと名付けられた保存されたアミノ酸配列を持つ調節タンパク質のグループ)に属するタンパク質であり,その認識を通してAux/IAAタンパク質がSCF複合体に結合しユビキチン化されると考えられてきたが,その詳細な分子機構については不明であった。
 この論文においてTanらは,SCF複合体中で基質との結合に関わるTIR1−ASK1複合体を,オーキシンやAux/IAAタンパク質の有無において詳細に結晶構造解析することによって,以下のオーキシンの結合様式を明らかにした。すなわち,(1)オーキシンやAux/IAAタンパク質は,TIR1タンパク質の分子表面に一カ所存在するポケットによって認識されること,(2)オーキシンはそのポケットの基部に繋留されること,(3)Aux/IAAタンパク質は,繋留されたオーキシンの先端部分に結合してポケットの残り全部をふさぐように結合すること,などである。すなわち,オーキシンは,タンパク質同士の境界面に存在する疎水性の空洞を埋めることにより「分子の接着剤」として働き,TIR1と基質であるAux/IAAタンパク質の相互作用を促進していたのである。
 以上は,オーキシンによる遺伝子発現調節の分子機構の(たぶん)一部を示したものであるが,当研究室でメインの研究ターゲットとしている細胞膜H+-ATPaseも,オーキシンによって活性化される。しかも,こちらは極めて早い応答である。しかし,オーキシンが直接プロトンポンプに作用するのではなく,分子量5万7千のABPの一種を通してであることが推定されているが,その詳細な分子機構はまだ不明である。本論文は,オーキシンのみならず,植物ホルモンとその受容体との結合機構とそれに基づく作用機構を解明した,最初の報告である。

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