Ananda K. Sarkar, Marijn Luijten, Shunsuke
Miyashima, Michael Lenhard, Takashi Hashimoto, Keiji Nakajima,
Ben Scheres, Renze Heidstra and Thomas Laux (2007)
Conserved factors regulate signalling in Arabidopsis thaliana
shoot and root stem cell organizers.(保存された因子がシロイヌナズナのシュートと根の幹細胞形成中心におけるシグナル伝達を制御する。)
Nature Vol. 446, No. 7137, pp. 811-814. (2007年4月12日号)
幹細胞とか胚性幹細胞という用語は動物に特有のものではなく,植物においても用いられている。しかし,植物の場合は,茎頂分裂組織と根端分裂組織という植物体の両端にその存在の場(ニッチ)があり,これらが生み出す細胞が植物体をつくり上げて行く。また,動物同様,位置の情報等により発生運命は決まっていても,幹細胞それ自身は未分化であり,もし分化が起こってしまったならば,その時点で植物の成長は停止することになる。従って,植物の両端の成長点においては,幹細胞を未分化状態に維持する機構が働いており,特に,茎頂分裂組織におけるその遺伝的機構がシロイヌナズナで明らかになっている。
一方,根端においては,分裂が活発な幹細胞に取り囲まれているが,それ自身はほとんど分裂しない「静止中心(quiescent
center)」がその役割を担うと考えられてきたが,詳細は不明のままであった。
独日蘭の研究グループの共同研究による本論文では,静止中心になるシロイヌナズナ胚の細胞系列で発現しているWOX5(WUSCHEL-RELATED
HOMEOBOX 5)遺伝子に注目し,その遺伝子名の由来になった茎頂分裂組織の中心部で幹細胞維持に働いているWUSCELL(WUS)遺伝子の機能と比較した(両遺伝子産物はホメオボックスを持つことより,転写因子であると考えられている)。その結果,根端分裂組織の幹細胞ニッチがWOX5の機能を喪失すると,幹細胞の最終分化が引き起こされること,逆にWOX5を異所的に発現させると,根端幹細胞から生じた細胞の分化が阻害されること,更に,WUSとWOX5は幹細胞の制御に相互に交換可能であることなどが明らかになった。尚,WUS及びWOX5の遺伝子産物が直接幹細胞に移動して未分化状態を維持するのか,あるいは,それらが転写制御する下流の遺伝子産物を通して制御するのかは,これらの産物がごく微量であるために,まだ未解明である。
以上のように,両分裂組織で行われている幹細胞維持に近縁の制御因子が関与し,かつ相互交換が可能であるということは,維管束植物の祖先である根が分化する以前の陸上植物(コケ植物?)において,このような幹細胞制御システムがすでに存在していたことを示唆している。
ちなみに,私が30年以上も前に卒業研究のテーマとしてやった研究が,トウモロコシの根の静止中心の検出とその役割の解明に関するものであった。勿論当時はその存在すら知る人が少なく,また役割も全く不明であった。根の分裂組織のど真ん中にありながらほとんど分裂しない,不思議な存在であった。