優先的に保全すべき植物相とは?


Felix Forest, Richard Grenyer, Mathieu Rouget, T. Jonathan Davies, Richard M. Cowling, Daniel P. Faith, Andrew Balmford, John C. Manning, Serban Proches, Michelle van der Bank, Gail Reeves, Terry A. J. Hedderson and Vincent Savolainen (2007)
Preserving the evolutionary potential of floras in biodiversity hotspots.(生物多様性ホットスポットにおける植物相の進化的潜在性を保全する。)
Nature Vol. 445, No. 7129, pp. 757-760.(2007年2月15日号)

 洋の東西を問わず,種(特に固有種)が豊富に存在する地域を,優先的に保全活動の候補地として選択する傾向が強く,生態系内の動植物が持つ進化的潜在能力はほとんど考慮されてこなかった。
 この論文では,9万平方km程度の面積に9,000種以上の植物が生育する(北海道は7万8千平方kmに3,000種程と考えられている),いわゆる生物多様性のホットスポットである南アフリカ共和国ケープ地区の植物相を,バイオーム規模で系統発生解析することにより,分類群の豊富さよりも系統的多様性(生物多様性の指標の一つで,一群の種をつなぐ進化経路の長さ,すなわち系統樹の枝の長さを測る)を用いることの方が,保全努力の優先順位決定方法として相応しいことを,提案している。
 ケープ地区は地理的・気候的に区別される東部と西部とに分けられ,西部の方が種が豊富で固有種も多く,東部よりも注目されてきた。しかし,西部では地史的に最近適応放散したと思われる系統的に近縁な植物が多数を占め,それが種の豊富さの値を押し上げており,系統的多様性では東部の方が上回った。すなわち,系統進化的に遠縁の植物を多数含むのが東部の特徴であった。また,人類にとって有用な植物を含む分類群も,東部が西部を上回った。
 以上の結果より,ケープ地区では,種の豊富な西部よりも系統的多様性が高い東部を優先的に保全すべきであると,結論付けている。
 さて,目を国内に転じると,世界自然遺産に指定された知床半島は,種の豊富さという点では,陸上部分に関しては動植物ともに同じ世界自然遺産の屋久島には遠く及ばず,固有種も高等植物ではシレトコスミレのみである。しかし,それにも拘わらず,流氷の接岸から始まる世界に稀な生態系のダイナミズムが大きく評価され,世界自然遺産に指定された。この例が示すように,単純に種の数だけで判断すると,重要なその地域の生物学的特徴を見逃す危険性があることを,この論文は指摘していると言えよう。

追記:世界自然遺産「知床」の種の豊富さについて,誤解を与える表現があったので訂正した。知床は,日本の世界自然遺産では唯一「海」を含み,その海洋生態系における海生哺乳類及び稀少な海鳥の豊富さも大きく評価されて登録された。ちなみに,屋久島の場合は,自生植物は1281種で,そのうち固有種が40種,北限種が21種,南限種が49種と言われており,また,動物にも「ヤクシマ」あるいは「ヤク」を冠する固有種あるいは固有亜種が多い。(2007年9月14日記)

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