エチレンのシグナル伝達系におけるMAPキナーゼカスケード解明!


Sang-Dong Yoo, Young-Hee Cho, Guillaume Tena, Yan Xiong and Jen Sheen (2008)
Dual control of nuclear EIN3 by bifurcat MAPK cascades in C2H4 signalling.(エチレンのシグナル伝達における分岐したMAPKカスケードによる二重調節。)
Nature Vol. 451, No. 7180, pp. 789-795.(2008年2月14日号)

 植物ホルモンエチレン(C2H4)は,すべての生物において初めて同定されたガス状のシグナル伝達物質であり,その生理作用の記載は一世紀前にも遡る。また,極めて単純な物質でありながら,その作用は,植物の発芽,芽生えの成長,果実の成熟,葉の老化,環境ストレスへの応答,そして病原体への防御など,重要な生理的プロセス全般に及ぶために,基礎・応用両面の研究がオーキシン以上に進められてきた。その植物細胞内におけるシグナル伝達機構については,その受容体(シロイヌナズナにおいては,膜貫通型ヒスチジンキナーゼETR1, ETHYLENE RESISTANCE 1:この遺伝子が変異するとエチレン非感受性になることから命名)からスタートする原核生物に多く見られる2因子制御系(two-component system)と,その終点と考えられている負の細胞質内調節因子であるCTR1CONSTITUTIVE TRIPLE RESPONSE 1:この遺伝子が変異すると,エチレン濃度に依存したいわゆる「三重反応triple response」がエチレンなしでも起きることから命名)から再スタートする,MAPキナーゼ(MAPK)カスケードが関与する直線的なものであると考えられてきたが,特に後者の実体については,その複雑さゆえに多くが不明であった。
 さて,米国ハーバード大学医学系大学院のYooらによるシロイヌナズナを材料とした本論文では,そのアミノ酸配列からRaf様MAPKキナーゼキナーゼ(MAPKKK)であると考えられているCTR1の下流に存在し,エチレン応答遺伝子群の核内転写活性化因子であるEIN3ETHYLENE INSENSITIVE 3の上流に位置するエチレンシグナル伝達に関わるMAPKカスケードについて,以下のように予想もされなかった結果を得たと報告している。
 エチレン存在下では,エチレン受容体ETR1からスタートしたシグナル伝達系がCTR1を不活性化し,これによって抑制されていたその下流にあるMAPKキナーゼ(MAPKK)の一種であるMKK9が活性化されて核に移動し,MAPKであるMPK3MPK6をリン酸化によって活性化し,次いでこのMPK3/6が転写因子EIN3を174番目のトレオニンのリン酸化によって活性化することにより,初期エチレン応答遺伝子群が発現され,生理的応答が引き起こされることになる。すなわち,MKK9-MPK3/6カスケードが正のエチレンシグナル伝達系として機能していたのである。
 一方,エチレンが存在しない条件下では,活性型CTR1はMKK9を抑制し続けるのみならず,別のMAPKカスケードを駆動して,結果として同じ転写因子EIN3の592番目のトレオニンのリン酸化をもたらし,ユビキチン−26Sプロテアソーム系でのこのタンパク質の選択的分解を促進し,エチレン応答遺伝子群の発現を抑制している。このように,CTR1はエチレンシグナル伝達系をエチレンのあるなしにより分岐する,極めてユニークなMAPKKKとして機能していたのである。
 MAPKカスケードによる細胞内シグナル伝達は,その名前(MAPK=mitogen-activated protein kinase)が示すように,増殖因子の細胞膜受容体への結合から始まる,哺乳類細胞の細胞分裂促進へ向けてのシグナル伝達機構としてその実体が解明されたものである。しかし,その存在は,動物のみならず菌類や植物においても普遍的であり,シロイヌナズナでは100種類あまりのMAPKカスケード関連遺伝子が知られている。しかも,類似の構成要素が数多くのシグナル伝達に関わっており,如何に「混線」が防止されているかも重要な研究課題となっている。本研究は,正反対に作用するMAPKカスケードどうしの連携と制御様式について,新たな理論的枠組みを示したものとして評価されている。
 (注:C2H424は下付)

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