植物の免疫応答開始の分子機構が見えてきた!


Delphine Chinchilla, Cyril Zipfel, Silke Robatzek, Birgit Kemmerling, Thorsten Nurnberger, Jonathan D. G. Jones, Georg Felix and Thomas Boller (2007)
A flagellin-induced complex of the receptor FLS2 and BAK1 initiates plant defence. (フラジェリンで誘導された受容体FLS2とBAK1の複合体は植物の防御を開始させる)
Nature Vol. 448, No. 7152, pp. 497-500. (2007年7月26日号)

 ヒトなどの脊椎動物の免疫応答には,先天性免疫応答(自然免疫応答)と獲得免疫応答があり,特に後者が狭義の免疫応答として無数の抗原に対する特異的応答に関与している。植物の場合は,獲得免疫応答に相当するものはないが,先天性免疫応答に似た生体防御機構が存在し,病原性微生物に抵抗している。しかし,動物とは異なり,その応答は自爆型であり,感染した細胞とその隣接細胞が病原微生物もろとも死ぬことにより,感染の拡大を防ぎ個体を守る。
 さて,先天性免疫応答においてその活性化剤としての鍵となる役割を担う病原体由来の物質を,動物ではPAMPpathogen-associated molecular patterns:病原体関連分子パターン)と呼んでいる(日本語の適訳がないので,そのままPAMPまたはPAMPsとされていることが多い)。植物では「エリシター」と呼ばれているものの中で,病原体由来のものがこれに相当する。先天性免疫応答は,このPAMPがその受容体であるPRR(pattern-recognition receptors:パターン認識受容体)に結合するところから開始する。今回紹介する論文の研究グループは,シロイヌナズナにおいて,細菌の鞭毛タンパク質であるフラジェリン(PAMPとしては22アミノ酸ペプチド断片のflg22が代表)と翻訳伸長因子EF-Tu(PAMPとしてはそのアミノ末端に相当するペプチド断片のelf18elf26が代表的)に対するPRR(それぞれFLS2及びEFRと命名)を既に報告しており,この結合から開始する細胞内情報伝達が,シロイヌナズナの細菌性病原体への抵抗に寄与していると考えている。その分子機構の詳細については不明のままであるが,フラジェリンとEF-Tuは,FLS2遺伝子とEFR遺伝子そのものを含む,ロイシンリッチリピートを持つ受容体様キナーゼLRR-RLKleucine-rich repeat receptor-like kinase)に対する遺伝子の共通のセットを,速やかに発現誘導することが知られている。
 スイスのバーゼル大学のChinchillaらによるこの論文では,このLRR-RLK遺伝子セットにおける挿入突然変異コレクションを,flg22への応答性について検定し,挿入変異が起こることによりflg22に対する感受性が減少する特定のLRR-RLK遺伝子を見出した。この遺伝子は,以前にブラシノステロイド受容体BRI1と相互作用してその活性を調節する補助受容体をコードしていることが示されていたので,BRI1関連受容体キナーゼ1BAK1, BRI1-associated receptor kinase 1)と名付けられていた。そして,このBAK1タンパク質が,フラジェリンによる植物体刺激の数分以内に,フラジェリンに対する受容体であるFLS2と特異的リガンド(flg22)依存的に複合体を形成してFLS2を活性化することが,明らかになった。この活性化が,病原体に対する免疫応答へ向けての細胞内情報伝達の,開始となると言えよう。
 以上のように,BAK1は,植物ホルモン受容体のBRI1を介して植物の発生に関わるのみならず,PRR依存性情報伝達においても機能して先天性免疫応答を開始させるという,キイロショウジョウバエのTOLL受容体と類似の働きをしていたのである。植物の病原体に対する生体防御機構の奥深さを示す,好例とも言えよう。

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