富栄養化による植物多様性の減少の機構を解明!


Yann Hautier, Pascal A. Niklaus, and Andy Hector (2009)
Competition for light causes plant biodiversity loss after eutrophication.(光のための競争は富栄養化後の植物多様性の減少の原因となる。)
Science Vol. 324, No.5927, pp. 636-638. (2009年5月1日号)


 人類の活動は,陸上および水圏の生態系での養分の利用可能性を増加させてきており,過去50年間に地球のリンの遊離量と植物が利用可能な窒素量を倍加させたと予測されている。この生態系における養分の増加は,植物の一次生産性の向上をもたらす一方,施肥実験や地上生態系での調査結果より,植物の種多様性を減少させることが示されており,一層の富栄養化が種多様性の減少速度を速めることが危惧されている。
 この種多様性の減少をもたらす機構については,今から35年前に,施肥が植物間における地上と地下の両方の競争を強める(すなわち,地上では光を巡り地下では無機養分を巡り競争が激化し,この両者に勝った植物が優勢となる)ためであるという説と,主に地上での光に対する競争を強める(すなわち,より早く成長し,より高く地上部を展開できる植物が下層植物を隠蔽し,光を巡る競争に勝ち残り優勢となる)ためであるという説が提唱されたが,その後,全く検証されることがないままに今日に至っている。
 スイスのチューリッヒ大学のHautaierらは,この古くて新しい問題に解答を与えるために,ヨーロッパの典型的な草原植生の種組成を模し,かつ下層にも光を供給できるように改良した実験的な草原植物群落を用いて,2年間にわたる栽培実験を行った。
 実験草原の施肥による富栄養化は,施肥なしのコントロールと比較して地上のバイオマスを約1.3倍に増加させたが,種多様性に関しては,平均2.6種,もともとの種の豊かさの3分1前後を減少させた。それに対して,実験草原の下層植物への光照射が,この施肥による生物多様性の減少を防ぐ効果があった。また,下層への光照射は単独では地上部のバイオマスへの増加には効果はなかったが,施肥と組み合わせることにより,相加的効果があった。
 施肥による種の減少は,埋土種子の発芽による新しい種の獲得の減少と植物の死亡により種が失われることが主因であり,地下部における土壌資源を巡る競争や土壌のpHの変化が原因ではなかった。
 以上のことから、著者らは,光を巡る競争,すなわち、富栄養化で成長力が増強した種が他よりも早く成長して葉を展開することにより,遅れて成長してきた下層の植物の光を遮り,それによって下層植物の死亡率を高めることが,富栄養化の後の植物多様性減少の主要な機構であると結論付けている。
 人為的影響により富栄養化が進んでいる地球環境において,植物多様性の維持のためには,どのような管理と保存方針が必要なのか,この研究は一つの理論的方向性を示していると言えよう。
 ちなみに,最初にこの論文を見たとき,正直言って(著者には失礼ながら)「なぜScienceにこのようなレベルの論文が掲載されるのか」驚きを禁じ得なかった。しかし,読み進めるにつれて,この論文の重要性が理解されるに至った。高価な設備・機械を駆使したハイテク研究や,何十人もの研究者を総動員しての国際的プロジェクトが華やかな今日の生物科学であるが,その中に混じって,あまり設備も金も使っているとは思えないこのような研究が掲載されるとは,Science誌の懐の深さとともに,植物科学にも,身近で本質的な課題でありながら,まだまだ未解明のものが沢山存在することを,改めて気づかせてくれた。


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