恐竜が蘭を見ていた!?


Santiago R. Ramirez, Barbara Gravendeel, Rodrigo B. Singer, Charles R. Marshall and Naomi E. Pierce (2007)
Dating the origin of the Orchidaceae from a fossil orchid with its pollinator.(送粉者を伴う化石ランからのラン科の起源の年代決定。)
Nature Vol. 448, 7157, pp. 1042-1045.(2007年8月30日号)

 ラン科植物は,775属19,500種を含むキク科と並んで地上で最も繁栄している植物群であり,単子葉類及び虫媒花植物の進化の頂点に位置すると言われている。この科は,従来は,花の形態や花粉塊を作るか作らないかなどの形質により,3亜科(ヤクシマラン亜科Apostasioideae,アツモリソウ亜科Cypripedioideae,ラン亜科Orchidoideae)に大別されてきたが,そのうちラン亜科がラン科の99%の種数を占めている。しかし,特定の遺伝子の塩基配列の比較等により,近年は広義のラン亜科からバニラ亜科Vanilloideaeを独立させ,更に狭義のラン亜科と新大陸に広く分布するエピデンドルム亜科Epidendroideaeに分けて,計5亜科とする説が提出されている。
 一方ラン科植物は,そのめざましく美しく多様な形態・色の花をもつために,古くから多くの人々を魅了し続けてきたのみならず,進化生物学者にとっても,特に昆虫との共進化という観点から極めて興味を持たれてきた。しかし,恐らくは種数に比較して個体数が極めて少ないためか,明確な化石記録が全くなく,進化的にはブラックボックスの状態であり,一般的には,新生代に入ってからその共通祖先が他科植物から分岐したと考えられてきた。
 ハーバード大学のRamirezらは,西インド諸島ドミニカ共和国産の2,000万年〜1,500万年前の第三紀中新世の琥珀に閉じこめられていた,ハリナシバチの一種の中胸小楯板(背面の中胸部の下に位置する小さな楯上の構造)に付着していた保存状態の良い花粉化石を調べたところ,その形態的特徴からこれがラン科植物の花粉塊であることを突き止めた。更に,その形質を他のラン科植物の花粉と詳細かつ分岐分類学的に比較することにより,この花粉の植物がラン亜科シュスラン亜連Goodyerinaeに属する新属新種であることが分かり,Meliorchis caribeaと名付けた。
 さて,進化年代の決定には特定のタンパク質のアミノ酸置換や遺伝子の塩基置換が分子時計として用いられているが,その絶対年代の推定のためには,化石の記録がどうしても必要である。ラン科植物には化石記録がなかったために,その進化の絶対年代を推定することが出来なかった。ここに,M. caribeaの花粉の形態的形質からの系統樹上の位置と,この植物が生存していた2,000万年〜1,500万年前という年代を,55属のラン科植物から得たプラスチドDNA上の遺伝子データから構築されたラン科植物の系統樹にあてはめることにより,一気に現生のラン科植物の共通祖先の分岐絶対年代が推定可能になったのである。その年代とは,驚くべきことに白亜紀後期の7,600万年〜8,400万年前であり,まだ恐竜の全盛時代であった。
 被子植物は,今から1億4千万年〜2億年くらい前の中生代ジュラ紀に登場し,白亜紀中期以降に多様化(適応放散)したと考えられているが,その多様化の中でラン科植物の祖先も生まれたことになる。そして,6,500万年前の恐竜等の大絶滅があったK/T境界を乗り越えて生命を引き継ぎ,新生代第三紀におけるこの科の多様化の中で,花粉塊が送粉者とともに琥珀に閉じこめられたM. caribeaも生まれたものと思われる。花粉塊がハチの背面に付着していたことより,ハチのサイズをもとに,この花の唇弁と蕊柱の間には2.5 mmくらいの距離があったと考えられているが,もちろん花の形態や色は全く不明である。ましてや,恐竜が見たランとはどのような花を咲かせていたのだろうか? 太古のロマンを感じさせる話題である。

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