砂漠化の予知が可能になるか?


Todd M. Scanlon, Kelly K. Caylor, Simon A. Levin and Ignacio Rodriguez-Iturbe (2007)
Positive feedbacks promote power-law clustering of Kalahari vegetation.(正のフィードバックがカラハリの植生のべき乗則のクラスター化を促進する。)
Nature Vol. 449, No. 7159, pp. 209-212. (2007年9月13日号)

Sonia Kefi, Max Rietkerk, Concepcion L. Alados, Yolanda Pueyo, Vasilios P. Papanastasis, Ahmed ElAich and Peter C. de Ruiter (2007)
Spatial vegetation patterns and imminent desertification in Mediterranean arid ecosystems.(地中海性乾燥生態系における空間的植生パターンと切迫した砂漠化。)
Nature Vol. 449, No. 7159, pp. 213-217. (2007年9月13日号)

参考
Ricard Sole (2007)
Scaling laws in the drier.(乾燥地帯でのスケーリング則)
Nature Vol. 449, No. 7159, pp.151-153. (2007年9月13日号,News & Views)

 地球の陸地の三分の一は乾燥及び半乾燥地帯であり,そこに20億人を越える人々が生活している。しかも,この乾燥地帯が年々拡大する傾向を示しており,かつての緑のサハラが短期間のうちに砂漠化したように,その生態系は気候的変動や人間活動の影響に極めて敏感であり,いつ砂漠化してもおかしくない地域が極めて多数存在する。砂漠化の進行は,その地域の人々に対してはもとより,全人類的影響をももたらすので,大学等の研究機関のみならず多くの政府機関や国連機関においても,砂漠化防止へ向けての研究が進められている。
 さて,Natureの9月13日号に掲載された二つの論文では,地域と対象とする植物群落は異なるが【Scanlonらは,アフリカ南部のカラハリの高解像度の衛星画像を用いて森林クラスターの植生パターンを調べたのに対して,Kefiらは,スペイン,モロッコ,ギリシャの三カ所の地中海性乾燥生態系において,植生パッチ(斑状の植物群落)のサイズ分布を調べている】,半乾燥地帯の生態系における植生が,どのように空間的及び時間的に組織化されるかについて,コンピューター・シミュレーションを駆使して理論的に分析している。そして,両グループとも攪乱されていない地域における植生クラスター(またはパッチ)のサイズが,「べき乗(累乗)則」に従うことを証明している。すなわち,特定の植生クラスター(またはパッチ)のサイズをSとしたとき,その頻度は1/(Sのγ乗)となり(γはべき指数であり1<γ<2),サイズの大きい植生クラスター(またはパッチ)ほど急激に減少し,結果として小さい植生クラスター(またはパッチ)が目立つことになるが,その中に混じって少数の非常に大きな植生空間が存在する。このようなべき乗則は,他のタイプの生態系でも起こり,クラスター(パッチ)内及び近傍のクラスター(パッチ)間の植物の正の相互作用がもたらす自己組織化の印とされている。すなわち,植物の生産性を大きく左右する降雨量が制限された環境下において,水の流出量を最小にして他の植物と種子の生存を促進する局地的環境を作る正のフィードバックループが存在すると,植生サイズがべき乗則に従うことになる。そしてこれを二つのグループは,セルオートマトン・モデルを用いたコンピューター・シミュレーションにより証明している。
 更に,Kefiらは,放牧圧と植生のパッチサイズとの関係を野外調査データをもとに調べたところ,放牧圧が高くなるにつれてべき乗則からの逸脱が見られ,また,コンピューター・シミュレーションにより放牧圧をさらに高めると,砂漠化への移行の直前にだけこのような逸脱が起こることを報告している。
 以上のように,植生クラスター(パッチ)のサイズ分布がべき乗則に従っている場合は,自然の遷移が起きていることになるが,それからの逸脱が認められたならば砂漠化の警告シグナルが出たことになるのである。これらの論文は,今後の砂漠化防止へ向けての理論的枠組みを提供したものとして評価されている。
 尚,当研究室では,北大の露崎研究室との共同研究として,大噴火によって裸地化した駒ヶ岳の植生回復における,植生パッチの役割についても調べてきた。パッチは年々拡大し,やがてお互いに融合して連続した植生となることが予想されるが,今世界的に問題になっているのは,その逆の過程である。植生パッチは,上記のように植物間の正の相互作用によって,比較的安定したミクロな生態系を作っているが,それに放牧や戦火のような人為的攪乱が加わった時に,もろくも崩れ去る可能性を秘めている。しかも,それは時としてカタストロフィック(破局的)に訪れることがある。そうなってしまってからでは遅すぎるのである。ここで紹介したような研究が,人類のカタストロフィックな危機を回避する可能性をもたらすことを期待したい。

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