花粉管を胚嚢に導くシグナル分子発見!


Satohiro Okuda, Hiroki Tsutsui, Keiko Shiina, Stefanie Sprunck, Hidenori Takeuchi, Ryoko Yui, Ryushiro D. Kasahara, Yuki Hamamura, Akane Mizukami, Daichi Susaki, Nao Kawano, Takashi Sakakibara, Shoko Namiki, Kie Itoh, Kurataka Otsuka, Motomichi Matsuzaki, Hisayoshi Nozaki, Tsuneyoshi Kuroiwa, Akihiko Nakano, Masahiro M. Kanaoka, Thomas Dresselhaus, Narie Sasaki and Tetsuya Higashiyama (2009)
Defensin-like polypeptide LUREs are pollen tube attractants secreted from synergid cells.(デフェンシン様ポリペプチドLUREは助細胞から分泌される花粉管誘引物質である。)
Nature Vol. 458, No. 7236, pp. 357-361.(2009年3月19日号)


 1昨年(2007年)の最大の植物科学上の話題は,70年間にわたって探し求められていた花成ホルモンの実体が解明されたことであろう。しかし,その倍もの期間(140年)にわたって謎であったのが,今回紹介する胚嚢へと花粉管を導く誘引物質である。この誘引物質の存在は,すでに19世紀の後半に,培地上で発芽した花粉管が,切り取った雌しべに向かって伸長することより提案されており,またこの実験は,学生・生徒実験の定番にもなっている。
 名古屋大学大学院理学研究科の東山哲也教授らのグループは,この一世紀半近くに及ぶ植物科学史上最大の謎の一つに,明快な解答を与えた。しかも,用いた材料は,ゲノムプロジェクトが完成しているシロイヌナズナやイネなどのモデル植物ではなく,トレニアであった。トレニアは,普通の植物では珠皮に包まれている胚嚢が,子房の中でむき出しになっているユニークな植物であり,そのために被子植物における受精過程を顕微鏡下で観察し研究できる,受精研究のモデル植物である。
 さて,著者らのグループは,この材料を用いて,すでに10年前に胚嚢が花粉管誘引物質を分泌することを実験的に示しており,また,レーザー細胞破壊実験により,それを分泌しているのは助細胞であることを突き止めていた。最後は,その助細胞から分泌される誘引物質探しであったが,当然ながらそれは世界的な競争となった。彼らは,顕微鏡下でトレニアの助細胞を取り出し,計25個の細胞からcDNAライブラリーを作製し,その遺伝子配列の解析から,白血球の一種である好中球から分泌される抗菌性ペプチドのデフェンシンとホモロジーのある,分泌性でシステイン残基に富む低分子量タンパク質(cystein-rich polypeptides: CRPs)が,多種類かつ非常に高いレベルで発現していることを見出した。その中でも特に発現量が多く,しかも相互にホモロジーがきわめて高い2種類のCRPが,助細胞特異的に発現し,また花粉管が誘引される助細胞基部に向けて分泌されることが分かった。更に人工培地上でも,この二種類のタンパク質が花粉管を誘引することを証明し,これを釣りの疑似餌のルアーにちなんでLURE1およびLURE2と名付けた。そして,このタイプのたんぱく質が,トレニアのみならず他の植物でも働いている可能性が高いと考察している。
 一方,助細胞において花粉管を認識して受容する細胞膜受容体の実体については,このコーナーでもすでに紹介した(Science 2007年8月3日号)。これで,花粉管を誘引しそれを受容する助細胞側の分子機構が分かったことになる。しかし,花粉管側については,LUREの推定される受容体も含めて,多くのことが不明である。今後は,受精へ向けての花粉管側の分子機構の解明が待たれるし,恐らくは,激しい競争になるものと思われる。


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