Siobhan M. Brady, David
A. Orlando, Ji-Young Lee, Jean Y. Wang, Jeremy Koch, Jos� R. Dinneny,
Daniel Mace, Uwe Ohler, and Philip N. Benfey (2007)
A high-resolution root spatiotemporal map reveals dominant expression
patterns. （高解像度の根の時空間地図は，優勢な発現パターンを明らかにする。）
Science Vol. 318, No. 5851, pp. 801-806. (2007年11月2日号)
多細胞生物は，多数の組織・器官から構成されており，さらにそれらは分化した多種類の細胞から構築されている。しかし，元をたどればいずれも一個の受精卵あるいは無性生殖細胞（胞子等）に由来し，その発生過程における遺伝子発現の複雑なネットワークによって，時間的・空間的情報に基づき，特定の場所に特定の組織・器官が構築される。
一方，近年，キイロショウジョウバエを用いた遺伝子レベルの解析によって，発生及び組織・器官形成の転写制御の基本的機構が明らかになり，これをモデルとして，脊椎動物においても類似の機構が働いていることが理解されるに至った。また，植物においても花器官形成のABCモデルに代表されるように，特定の組織・器官形成の転写制御の機構が次第に明らかになってきている。しかし，これらは組織・器官特異的遺伝子の発現を制御する司令官役のマスターキー遺伝子レベルでの制御機構であり，その下流において組織・器官の構成細胞を直接に構築し機能させるために働く，膨大な数の遺伝子の発現制御については，ごく一部の細胞型を対象としてしか調べられていない。
さて，米国のデューク大学のBenfeyのグループは，根端の静止中心を囲む幹細胞ニッチの始原細胞から切り出され，そこから根の基部に向けて縦軸方向に順に分裂，伸長，成熟の発生過程をたどり，横軸方向には15の細胞型が放射状に配置するシロイヌナズナの根に注目した。そして，根を構成する全ての発生段階（根を縦軸方向に12切片+根冠コルメラに分割）の全ての細胞型の細胞を，蛍光活性化セルソーターによって分別し，RNAを抽出し，遺伝子発現をマイクロアレイ（DNAチップ）分析によって調べ，そして，先行研究のデータとも総合して，他の細胞型及び／または他の発生段階より，統計的に有意に強く発現している遺伝子の，根の三次元空間における高解像度発現マップを作成した。これにより，根の特定の発生段階にある特定の細胞型の細胞において，どのような遺伝子が強く発現しているかが，包括的に明らかにされたのである。彼らが分析対象とした遺伝子は22,746個であり，シロイヌナズナのほとんどのタンパク質に翻訳される遺伝子を含んでいる。その中から，はっきりとした結果をもたらした1万あまりの遺伝子について，増強発現マップを作成したのである。
このような気の遠くなるような研究を可能にしたのは，DNAマイクロアレイとともに，コンピューターの力である。彼らはパイプライン処理（データの並列処理）によって高速に膨大なデータを処理することにより，この研究を成し遂げた。そして，ここでは具体的には紹介しないが，この研究を通して既知の知見を確認するのみならず，多くの新知見を得ている。
人の体は，200種類以上の細胞型から構成されているとされている。しかも，それらの細胞の発生段階を考慮するならば，その組み合わせは膨大な数になるだろう。しかし，筋肉・心臓等の個々の組織・器官を構築している細胞の種類は，シロイヌナズナの根と大きくは変わらないと思われる。従って，特定の組織・器官を対象としての同様の包括的遺伝子発現分析が可能になれば，それらの発生・分化機構の解明のみならず，病気の原因解明にも大きな力となると思われる。この研究は，「ポスト・ゲノム」の一つの典型的研究成果とも言えよう。